●Page01 美少女風少年●


 世界には二つの技術がある。
 一つは『機械』。飛行船や拳銃と言った道具を人工的に製造、操作する技術である。
 もう一つは『魔法』。これは、常に大気中に存在していると言われている魔力の元素、『マナ』を体内に取り込み、それを『詠唱』と呼ばれるある基準に沿った言葉をキーとし、その言葉が意味する現象を引き起こす技術である。
 どちらもこの世界では当たり前の存在であり、日々人間の暮らしを豊かにしている技術である。…が、これを使用できるかどうかとなると、話は別である。機械は免許を取ったり、説明書を読めば大体は理解できるが、魔法はそうは行かない。何せ魔法は生まれ付きの才能を持つ者しか使う事ができないのだ。
 確かに才能がない者でも、死に物狂いで修行を重ねれば、初歩的な魔法は使えるかもしれないが、所詮その程度だ。即ち、魔法という技術は才能が絶対なのである。
 だが、いくら才能があろうと訓練しなければ、それこそ才能の無駄遣い。宝の持ち腐れだ。そこで出来たのが『ガーデン』と呼ばれる、正しい魔法の使い方や本格的な戦闘技術を学ぶ事が出来る訓練学校である。
 当初は才能がある者にしか入学資格が与えられなかったのだが、近年『魔物』と呼ばれる異形の生物が大量発生し、それらから自分の身を守るためにという理由で、才能のない者も入学可能となったのだ。
 入学試験が異様に難しかったり、その性質上、就職先の殆どが軍関連の物だったりと、色々と問題点もあるのだが、入学金などの費用うんぬんはかなり安かったり設備が良かったりと、それらの問題点が気にならなくなるくらいの利点があるのだ。それ故に競争率が高く、難関校として有名である。
 ちなみに、春が滞在するガーデンは『スクールガーデン』と呼ばれ、十二歳から十八歳までを対象としたガーデンであり、入学式に小学校上がりの生徒しか居なかったのはその為である。


 そんな有名校の廊下を走る一人の人物が居た。それは、折角の腰まで届く透き通るような綺麗な黒髪を荒々しく適当に纏めており、その髪と同じく、吸い込まれそうな黒色の瞳を持つ、誰の目から見ても『美少女』。彼女の、いや彼の名前は青崎春。入学式の終わって早々、新入生に一目惚れされ、そして告白される程の外見を持つ人物は、悲しいかな歴とした『男』だった。
 チラリと時計を見ると、画面には十時四三分の数字が憎たらしく表示されていた。授業―と言っても、実際は春休みの課題の提出や春休み中に規則を破った生徒への処罰といった、延長版ホームルームなのだが―が始まるのは、十時四五分。つまり、あと二分しか時間が残っていないのだ。そして今春が居るのは、この学校に建てられている、AからDまである中のA棟の三階の廊下。春の最終目的地である二年生教室…二のDは隣に位置するB棟の三階。普通の通路を通るなら、例え陸上部だろうと五分は掛かり、絶対に間に合わない。
(…普通なら、だけどな)
 春には秘策があった。実はA棟とB棟の三階のみ両棟との間が極端に狭く、窓を乗り越えればかなりのショートカットになるのだ。本当は校則違反なのだが、今日は入学式の直後なので、この時間帯は春みたいな境遇の人間ではない限り、全教職員、全生徒、全父兄、学校に居る全ての人間が教室もしくは特別教室に居る筈だ。つまり今の春の行為を発見する者も咎める者も居ないということだ。
「よっと! …うん、チョロいチョロい!」
 新学期早々校則を犯した事に何の反省の色も示さずに、春は教室に向けてラストスパートをかけた。