ボチボチ。

 九時四八分。鈴と話し込んでいたお陰で授業開始時間は過ぎてしまったが、春は別段気にする様子はなかった。何せ隣にこのクラスの担任が居るのだ。
(さあ、今学期も頑張るぞー!)
 意気揚々と教室のドアを開けると……
「遅い。何をしていた、青崎春」
 そこには、ヤンキーこと内海麗奈(うちみれな)が居た。
「ごめんなさい。教室間違えました」
 春は麗奈に一礼して、逃げるように教室のドアを思い切り閉め……ようとし、止められた。
「お前の目は節穴か? ここは二のD、お前のクラスさ」
「はぁ!? だって、ここの担任は鈴姉じゃ……」
 助けを求めようと鈴に視線を向けると、そこには申し訳なさそうにしている鈴が居た。その様子を見て春は何となくオチが見えてきた。何せ、かれこれ十数年も共に暮している…いや、面倒を見てもらっているのだ。そんな長くの時間を共に過ごしてきたのだから、表情が読めない訳がない。そう、この表情は……
「ごめんね、春くん。きちんと言う前に春くんが興奮して言う事を聞いてくれなかったんだけど……わたし、このクラスの担任じゃなくて、副担任なの」
 ああ、やっぱり……。春はガクリと項垂れ、そして戦慄した。鈴姉が副担任、それは分かった。ならばこのクラスの担任は誰だ? なんて考察するほど春も馬鹿ではない。そう、つまり、内海麗奈が、この、クラスの…担任だ。
「さあて、新学期早々遅刻してくる馬鹿部員にはしっかりと指導してやらないとな」
 ポキポキと指を鳴らしながら、どこから出したのか、お土産屋に置いてあるような木刀とは別次元の、それも所々に血糊が付着している内海麗奈専用木刀(刀身には呪文のような単語が羅列しており、良く見ると『一撃必殺』やら『神滅罰災』などと物騒な四文字漢字が書かれている)を、流石ガーデンの教師と言うべきか、様になった構えから…春に木刀を振り下ろした。
(ああ、終わった……)
 既に諦めたのか避けようともしない春は、フッ、と一笑し―――
……その後、全校舎に春の悲鳴が轟いた。