【隣は魔法使いさん家SS】


俺と日向と勉強会


こう見えても、俺は勉強が出来る。七海や小夏たちに一つでも勝っているモノが欲しくて頑張り始めたんだけど、一度良い点数を取ってしまうと、手が抜けられなるもので。今じゃ毎日四時間は勉強に費やしている。お陰で成績は良好。俺の唯一自慢できるところだ。


だけど、その最強たちの上に姉貴がいるように、俺にも上がいるんだよな。俺の目の前に座っているのもその一人だったりする。


「…なんですか? なにか分からないところでもありましたか?」


森本日向。俺と同じ学校に通う同級生。身長こそ一四〇cm前半と小さいものの、中身は滅茶苦茶大人びていて、俺の住む町―丘ノ空町―の町長代理を務めている凄いヤツ。


「あー、いや、なんでもないよ。お前こそなんか分からないところあったか?」


「そうですね。ここが少し分からないんですが……」


「ここかぁ。確かにここはややこしいよなぁ」


と、言いつつ日向に解き方を教える俺。もう一度、しつこいくらいに言うけどさ、俺は勉強が得意なのだ。


「なるほど、そういうことですか。ありがとうございました」


日向は一度の説明で完璧に理解したのか、それの応用問題もなんなくこなしていた。…俺、それが解けるようになるまで、何時間もかかったのに……。


その後、互いに分からないところを聞きあいながら、勉強会は何事もなく終了した。こういうところは流石日向だ。もし七海だったら、勉強会の途中でロボットアニメのDVDの観賞会を始め、それに触発されて世界災害を召喚するに違いない。絶対そうだ。そうするに決まってる。


「やっぱり、学生ってこうあるべきだよなぁ……」


「いきなり何を言っているんですか?」


当たり前のことに感動する俺に、怪訝そうな目を向ける日向。うるへー。


「ところで、太陽さん。今日はこれから何か予定は入っていますか?」


一五時ジャスト。勉強会を始めたのが一三時だから、二時間近くしてたのか。んー、二時間かぁ。二時間あったら、大地と一緒に封印されし魔物をぶっ飛ばせるなぁ……って、ヤバイヤバイヤバイ。最近、そういうのばっかりに巻き込まれている所為か、『それ』を基準として色々と物事を考えてしまうクセが付いてるんだよ! こ、このままじゃ、俺の精神も蝕まれてしまう……!!


「…聞いていますか、太陽さん?」


日向の声で我に帰る俺。あ、危なかった……、このまま思考を続けてたら完全に堕ちるところだった。


では改めて、とコホンと一咳。


「いや、今日の予定はなんもないぜ。今日はゲーセンで格ゲーの大会があるらしくて、姉貴、七海、小夏、大地の四人はそれに参加しに行ってるんだ」


「藤宮さんと咲輝さんはともかく、佐々木さんや弓村さんもですか。意外ですね」


「そっかぁ? あいつら、結構なゲーマーだぞ」


ちなみに補足しておくと、藤宮、咲輝、佐々木、弓村とは、大地、姉貴、七海、小夏のことだ。日向は基本、他人を呼ぶときは苗字で呼ぶんだよな。


「で、なんか俺に用事でもあるのか?」


「ええ」


日向から俺に何かを頼んでくるのは珍しいことだった。町長っていう立場からか、人に頼むってことをしないんだよな、コイツは。その辺は何でもかんでも一人で抱え込む小夏と似てるっていえば似てる。っていっても、実際に頼まれたとしても俺たちじゃ手伝えないようなこと―書類整理や町の資金のやりくりなどなど―ばかりだから、仕方ないっちゃ仕方ないけどさ。


そんな日向が俺に頼みごとをしたんだ。俺は恐ろしい半面、楽しみ半面で日向の次の言葉を待っていた。


「実は、市役所の窓口の受付を手伝って欲しいんです」



本当に自慢でもなんでもないけど、俺はしょっちゅう市役所に―詳しく言えば『防衛保険申請窓口』に―お世話になっている。


この『防衛保険』というのは、一定範囲以上の地域を防衛する際にその地域内になんらかの被害を与えてしまったときに国から出る保険金のことだ。つまり、災害保険みたいなもんだと考えてくれたら良い。


…で、正直小夏たちに比べたら全く強くない俺が何故ここにお世話になっているかというと……話が長くなるので割愛するが、簡単に言えば俺が少しでも拘わった事件の責任は、例え他の町民が原因でも、全て俺持ちということになる、下手な詐欺より酷い契約が俺の知らない間に成立してしまっていたからだ。しかも何故か押した覚えのないのに、俺の承認用の判子が押されているし……。


そんなワケで、防衛保険申請書を書きまくって、それの注意書きから確認内容まで一語一句覚えている俺に、保険申請書の書き方案内をして欲しいっていうのが、日向の『頼み』だった。ちなみに当の日向は、町長室で大量の書類と戦ってたりする。


「ゴメンねー、太陽くん。今日、急に相棒が休んじゃってさー。ほら、ここって結構盛んじゃない? だから人手不足でさー、お姉さん困っちゃってさー。それをひなちーに相談したら、太陽くんの名前が出てきてさー。太陽くんならお姉さんも良く知ってるし、こりゃもう頼むしかないと思ってさー。今に至るわけ」


「いや、まあ、良いですけどね。丁度暇でしたし」


それを聞いて、あははーと気楽そうに笑う受付のお姉さん。
この人、見た目こそ普通の女性なんだけど、なんでも昔は相棒―今日、急に仕事を休んだ人―と一緒に、ブイブイいわせてたらしい。……戦場を。傭兵として。


「まあでも、ひなちーに太陽くんみたいな友だちが出来て、お姉さん嬉しいね」


「はい?」


いきなりなに言ってるんですか?
とは、お姉さんの本当に嬉しそうな目を見たら、とてもじゃないが言えなかった。


「ほら、ひなちーって真面目ちゃんじゃない? だからさー、同世代の友だちってあんまいないんだよね。だからさー、高校生になって太陽くんや七海ちゃんみたいなさー友だちが沢山できて、お姉さん嬉しいわけよ。ほら、ひなちーはさー、私たち職員にとって娘もしくは妹みたいなもんだからさー、これからも仲良くしてやってね」


「…そんなの言われなくても、俺も七海もみんなも普通に日向の友だちですよ。」


本当、今更なにを言ってるんだか、この人は。



「…あら、太陽さんは?」


「やあ、ひなちー。太陽くんはさー、ほらあそこで団体さんの相手をしてるよ。なんでも町外れで中隊規模でモンスターをハンティングしてたみたいでさー、それの報告も兼ねてこの窓口に来たんだって」


「そうですか。貴方が暇しているということは、それほど太陽さんが頑張ってるということですね」


「ひなちーの視線が痛いね」


「…ハァ。そう思うなら、貴方も太陽さんを手伝ってあげてください」


「ところで、どこから聞いてたのかな?」


「な、なんの話ですか?」


「いやさー、太陽くんって優しいねーって思ってさー。ありゃ、みんなから好かれるワケだよ。ひなちーが気に入るのも納得だよ」


「そうですね。彼の勉強に対する意欲とギリギリまで諦めない姿勢は嫌いではありませんね。…だからといって、彼だけを特別視するワケにはいきませんが。私は町長代理ですから、貴方も咲輝さんもそして太陽さんも、皆平等に接し、評価していかなければならないのです」


「ところで、今日こなっちゃんたちは?」


「弓村さんは、佐々木さん、藤宮さん、咲輝さんと共にゲームセンターで開かれている格闘ゲームの大会に参加しています」


「はづぴーとひかるんは?」


「柳瀬さんは地球防衛軍の仕事だと聞いています。斎田さんは分かりません。町民全員のスケジュールを理解、管理しているワケではありませんから」


(…気っ付いてないのかなー。町民は皆平等と言っていて、こなっちゃんたちにも家族がいるにも拘わらず、咲輝ちゃんと……太陽くんだけ、下の名前で呼んでることにさー。
…それってつまりさー、咲輝ちゃんと同じくらい太陽くんを評価してるってことじゃないのかなー?)